小児多系統炎症性症候群(MIS-C):保護者のための安心ガイド
はじめに:知っておきたい、子どもの新しい病気
新型コロナウイルス(COVID-19)の流行は、私たちの子育てに多くの変化をもたらしました。その中でも、特に注意が必要なのが「小児多系統炎症性症候群(MIS-C)」という病気です。
「MIS-C」と聞いても、あまり聞き馴染みがないかもしれません。この病気は、大人に比べると新型コロナウイルスに感染しても重症化することが少ない子どもたちに、ごくまれに起こる全身性の炎症性疾患です。何より驚くべきは、ウイルスに感染している時ではなく、感染が治ってからしばらく経って発症するという点です。
「うちの子はコロナにかかっていないから大丈夫」と思いがちですが、感染しても無症状だったり、軽症で済んだりするお子さんはたくさんいます。そのため、保護者も本人も気づかないうちに感染を経験している場合があるのです。
このガイドは、MIS-Cという病気の基本的な知識から、保護者の皆さんが知っておくべき症状や、もしもの時の対応について、分かりやすくお伝えするために作成しました。必要以上に心配することなく、正しい知識を持って冷静に対応するための手助けとなれば幸いです。
MIS-C(ミスシー)ってどんな病気?
MIS-Cは、「Multisystem Inflammatory Syndrome in Children」の頭文字をとったもので、日本語では「小児多系統炎症性症候群」といいます。海外では「PIMS(Paediatric Inflammatory Multisystem Syndrome)」など、さまざまな呼び名で知られていますが、いずれも同じ病気を指しています。
この病気の正体は、新型コロナウイルス感染後にお子さんの体の免疫システムが過剰に反応してしまうことだと考えられています。ウイルスが体内からいなくなっても、免疫細胞が暴走してしまい、全身の様々な臓器や組織に強い炎症を引き起こしてしまうのです。この過剰な免疫反応は「サイトカインストーム」とも呼ばれ、心臓、血管、消化器、腎臓、肺、皮膚、神経系など、複数の場所に影響を及ぼす可能性があります。
発症時期は、新型コロナウイルスに感染した日からおよそ2週間から6週間後、長い場合は2か月以内に見られることが多いです。急性期の症状が治まった後に、全く別の形で症状が現れるため、保護者が「風邪が治ったと思っていたのに…」と見過ごしてしまうこともあります。
保護者が注意すべきサインと兆候
MIS-Cは全身の複数の臓器に炎症が及ぶため、その症状は多岐にわたります。お子さんによって症状の出方は異なりますが、ほとんどの患者さんに共通して見られる最も重要なサインは、**数日間にわたって続く高い発熱(38℃以上)**です。
熱に加えて、以下の複数の症状が同時に出現することがMIS-Cの典型的な特徴です。
1. おなかの症状
強い腹痛、嘔吐、下痢は、MIS-Cの子どもたちに非常に高い頻度で報告されています。お腹の症状だけでは、普通の胃腸炎と区別がつきにくいですが、熱が何日も続いていたり、他の症状と併発している場合は特に注意が必要です。場合によっては、急性虫垂炎と間違われるほど強いおなかの痛みを訴えることもあります。
2. ぐったりしている・元気がない
お子さんがいつもよりぐったりしていて、活気がない、遊びたがらない、食欲がないといった状態も重要なサインです。これは体の炎症が全身に広がっているために起こる可能性があります。
3. 皮膚や粘膜の症状
全身に赤い発疹が出る、目が充血する(結膜炎)、唇がカサカサになったりひび割れたりする、舌がイチゴのようにブツブツと赤くなる「イチゴ舌」、手や足が腫れたり赤くなったりするといった症状も特徴的です。
4. その他の症状
首のリンパ節が腫れる、頭痛、めまい、胸の痛みや動悸、息切れ、手足が冷たく湿っているといったサインも現れることがあります。
緊急性の高い危険なサイン:迷わず病院へ!
もし以下のような症状が一つでも見られた場合は、お子さんの容体が急変する危険性があるため、直ちに救急医療を要するサインです。ためらわずに救急車を呼ぶか、最寄りの救急外来を受診してください。
息が苦しそう、呼吸が速い、または息切れしている
胸の痛みや圧迫感を訴える
極度にぐったりしていて、起きられない、意識がはっきりしない
顔色や唇、爪の色が青白い、灰色、または青色に変色している
激しい腹痛が続く
お子さんの様子を総合的に観察し、少しでも「おかしいな」と感じたら、すぐにかかりつけの小児科医に相談することが大切です。
MIS-Cと似ている病気:川崎病との違い
MIS-Cは、乳幼児に多い「川崎病」と症状がよく似ています。どちらも発熱、発疹、目の充血、唇や舌の異常といった全身の炎症症状を呈するため、専門医による慎重な診断が不可欠です。
しかし、両者にはいくつかの違いがあります。
1. 発症しやすい年齢
MIS-Cは、平均して8.4歳と、比較的年長の子供に多く見られます。一方、川崎病は5歳未満の乳幼児に多い病気です。
2. 主な症状
MIS-Cでは、強いおなかの痛みや嘔吐、下痢といった消化器症状が顕著に現れることが特徴です。また、心臓の機能が低下する「心筋炎」を合併しやすいという特徴もあります。一方、川崎病では、冠動脈(心臓の表面を走る血管)に瘤(こぶ)ができる「冠動脈瘤」が最もよく知られた合併症です。
3. 血液検査の結果
血液検査でも違いが見られます。MIS-Cでは、リンパ球や血小板が減少する傾向がありますが、川崎病では逆に増加するのが一般的です。
症状だけでは見分けるのが難しいため、医療機関では詳しく症状を聞く問診に加えて、血液検査や心臓のエコー検査などを行い、慎重に診断を進めていきます。
病院での診断と治療の流れ
お子さんの体調が心配でMIS-Cが疑われる場合、医療機関での診断と治療は迅速に進められます。
診断プロセス
まずは、医師がお子さんの現在の症状(発熱、腹痛、発疹など)を詳しく確認します。同時に、過去に新型コロナウイルスに感染したことがあるか、または感染した人と接触したことがあるかなども尋ねられます。
診断の鍵となるのが、全身の炎症レベルを評価する血液検査です。CRPやフェリチンといった炎症マーカー、心臓への影響を示すトロポニンやBNPといった心臓マーカーの数値が詳細に調べられます。また、MIS-Cは過去のCOVID-19感染が原因で起こるため、感染の証明も必要になります。この際、すでにウイルスが体内に残っていないことが多いため、過去の感染を示す抗体検査が特に有用となります。
つまり、医師は、お子さんの症状、過去の感染歴、そして血液検査や心臓のエコー検査といったデータを使って、まるでパズルのピースを一つずつ埋めていくようにして診断を組み立てていきます。
治療と入院について
MIS-Cはお子さんの容体が急変するリスクがあるため、原則として入院治療が必要になります。特に、心臓や他の重要な臓器に炎症が及んでいる場合は、集中治療室(ICU)での厳重な管理が行われることもあります。
治療の目的は、ウイルスを直接排除することではなく、暴走した免疫反応を鎮め、全身の炎症を抑えることです。そのため、炎症を抑える「抗炎症薬」や、免疫の働きを調整する「免疫調整薬」が治療の中心となります。
免疫グロブリン静注療法(IVIG): 川崎病の治療にも使われる点滴治療で、免疫グロブリンという免疫細胞を投与します。これが初期治療の中心です。
ステロイド薬: IVIGと併用されることが多く、特に症状が重い場合やIVIGの効果が不十分な場合に有効です。
その他: 血栓ができるリスクを減らすために、少量の「アスピリン」が使われることもあります。
MIS-Cは複数の臓器に影響を及ぼすため、小児科医だけでなく、心臓や集中治療の専門医など、様々な医師が協力して治療にあたります。
予後と長期的な健康:安心できる回復への道
MIS-Cは重篤な病態に陥ることがありますが、適切な診断と治療が行われれば、ほとんどの患者さんが健康を取り戻せるという心強い研究結果が多数報告されています。
入院中に心臓の機能が一時的に低下したお子さんも、退院後にはほぼ全員が正常な状態に戻っています。また、川崎病のように心臓の血管(冠動脈)に異常が残ることもありますが、これも多くの場合、時間が経つにつれて元に戻ることがわかっています。
これは、MIS-Cが一時的に激しい炎症を引き起こすものの、適切な治療でその炎症がコントロールされれば、子どもの体が本来持っている回復力がしっかりと働くことを示しています。
回復後の注意点
ほとんどの身体的な症状は回復しますが、一部のお子さんでは、疲労感、睡眠障害、頭痛、集中力の低下といった症状が数ヶ月間続くことがあります。これらの症状は、日常生活や学習に影響を及ぼす可能性があるため、回復後も保護者による注意深い観察と、必要に応じた医療機関への相談が大切です。
また、ごくまれに冠動脈に異常が残る可能性もあるため、退院後は定期的な心臓専門医によるフォローアップが推奨されます。これは、お子さんの長期的な健康を守るために非常に重要なステップです。
まとめ:保護者のためのアクションガイド
MIS-Cは、新型コロナウイルス感染後にごくまれに発症する病気ですが、その症状や治療法に関する知見は日々進歩しています。保護者の皆様は、以下の点を理解し、冷静に行動することがお子さんの健康を守る上で重要となります。
MIS-Cの基礎知識を理解する: 発症時期や症状の特徴を把握しておきましょう。
症状を注意深く観察する: 熱が何日も続く、おなかの症状や発疹など、複数の症状が同時に出ていないかをチェックしてください。
速やかに医療機関に相談する: もしMIS-Cが疑われる症状が見られたら、まずはかかりつけの小児科医に連絡し、指示を仰ぎましょう。
緊急時は迷わず救急車を: 呼吸困難や胸の痛みなど、危険なサインが見られた場合は、ためらわずに救急医療を要請してください。
予防を心がける: 新型コロナウイルス感染症の予防は、MIS-Cの発症リスクを減らすことにもつながります。
お子さんの健康を守るため、日頃から小児科医と相談し、適切な健康管理を継続することが何よりも大切です。